白山社めぐり(157)「白山比咩神社 (岐阜県)」をご紹介いたします。

白山信仰と白山比咩神社

白山比咩神社 (岐阜県)

今も残る茅葺屋根の本殿
鎮座地岐阜県南砺市上梨645
御祭神伊弉諾命、伊弉冉命、菊理媛命
例祭日御幸祭 10月第2日曜日
還幸祭・例大祭 翌日
宮 司春日井祥示

由 緒

奈良朝時代、聖武天皇の神亀元年(724)、郷主の荒木田太夫信足は郷民と相議し、加賀国の白山大神の御分神を奉迎致しました。御分神は、美濃国恵那郡遠山之荘の荒木郷雲路山に遷座、「総鎮守白山宮」と称しています。
戦乱の世の天正2年(1574)武田四郎勝頼の軍勢は原村へ乱入、村内に伏兵(敵方)有りと思い放火、此れにより神域及び別当二百山応領寺など悉く焼失しました。
天正3年(1575)権殿(仮拝殿)を建て祭祀、百余年後の貞享元年(1684)、白山比咩神社の再建を行いました。石垣・石段は享保元年(1716)に造築し、其の後の濃尾地震で被災、此れを修理しました。更に一の鳥居(猿瓜村水上鳥峯)二鳥居(原村の中田)・三鳥居・表鳥居を建立し、毎年、八朔の祭りには馬を献上し、原村の大馬場・小馬場にて「馬祭り」を行いました。
明治維新(1868)となり境外地は没収されましたが、明治39年(1904)金壱萬参千拾八円弐拾銭を国より支給されました。
荒木郷と称恵那郡七郷の内、二つの神社へ「秋の初穂」が手向村より起こりましたが、数次の山論争議に依り上下に分かれ、上手向と下手向となり現在に至ります。