伝説その六 菊仙女

泰澄(たいちょう)が白山を開いたころの話です。弟子と白山山頂への道を探していた泰澄は、谷の上に不思議な雲を見つけ、弟子の一人に「あそこには普通とは異なる人がいるにちがいない。訪ねてみなさい」といいました。
弟子が雲の下へ行くと、石の上に一人の女の人が目を閉じて座っており、何を訪ねても「知らない」と返事をするだけで目を開けようとしませんでした。
戻った弟子は泰澄に報告し、「行ってごらんになっては」とすすめましたが、泰澄は「その人は長生きしている人でしょう。私とは求める道が違うので会ってもむだでしょう」といって行きませんでした。
実はこの女の人は、いつまでも美しく、いくつなのか誰も知らない不思議な女性で、菊しか食べないため、近くの村の人たちから菊女とか菊仙女とよばれていました。
ある日、菊仙女は村の人たちに、「私はこれから旅に出ます。お世話になったので、お礼に菊を植えていきます。その菊を薬として使ってください」と言い残して姿を消しました。
ためしに病人にその菊を食べさせてみると不思議なことに病気が治り、村人たちは「ありがたい仙女様だ」と感謝して菊のそばにお宮をたてました。
それから、何百年も経ち、知覚坊(ちかくぼう)というお坊さんが金儲けをしようと、お宮を白山の末社にするよう役人に訴え、年貢や銭を取り立てるようになったのです。このような悪行が白山の神様を怒らせたためか、間もなく菊はすべて枯れてしまい、お宮もお参りする人がいなくなったことでつぶれてしまいました。今ではどこにお宮があったのかを知る人もなく、白山の北にあったとだけ伝えられています。