白山比咩神社の「シリーズ企画 自然と生きる⑥「伝統の湯は白山の賜物 自然の癒しを地域の活力に」」を掲載しています。

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シリーズ企画 自然と生きる⑥
「伝統の湯は白山の賜物 自然の癒しを地域の活力に」
−中宮・一里野の温泉旅館代表を訪ねて−

(令和3年7月)

当社とご縁のある中から、自然を敬い、慈しみながら、日々の生業を営む方々の姿をご紹介します。

白山の登山口周辺の地域では、山から湧き出す天然の湯を引いた温泉宿が営まれてきました。近年は土砂崩れなどの災害や新型コロナ禍の影響に苦慮しながらも、自然からの賜物である温泉を守り続けています。それぞれ伝統ある温泉宿を受け継ぐ二人のご主人に、地域を育んできた白山への思いをお話しいただきました。

中宮温泉(白山市中宮)
にしやま旅館 西山喜一会長(左)

白山開祖の泰澄大師が約1300年前に開いた中宮温泉は、江戸時代には天領の温泉地となり、胃腸に薬効のある湯が評判でした。にしやま旅館は明治2(1869)年に創業し、奥山の湯宿の歴史を重ねています。

一里野温泉(白山市尾添)
一里野高原ホテルろあん 山ア太一朗社長(右)

山中にある岩間温泉から湯を引き、昭和52(1977)年にスキー場を備えた温泉地としてスタート。一里野高原ホテルろあんも同年に開業し、現在は山の豊かな自然に触れられるホテルとして営業しています。

(写真)普段から親交のあるお二人に、川のせせらぎが響く中宮温泉でお話をうかがいました。


温泉地の成立に先人の尽力


― お二人は白山比咩神社とはどのような関わりをお持ちですか。

西山 当旅館の先代から引き続き崇敬者総代を務めております。温泉の源である白山には日頃から感謝と敬意を抱いていますし、そうした白山地域を象徴する存在が白山さんだと思っています。参拝と合わせてお泊りになるお客様も多く、白山麓の観光においても中心になっています。
山ア 私も総代であるとともに、一里野がある尾添地区の氏神である加寶神社のお祭りの際に、白山さんのご神職に祝詞を上げていただいていることの縁も感じています。白山神社の総本宮として全国から参拝客を集める知名度もあり、私が経営するバス旅行会社ホワイトリングでもおついたちまいりのツアーを企画させていただいています。

― 温泉旅館としての成り立ちを教えてください。

西山 古くから湯治場として利用された中宮温泉に、明治以降にできた民間の温泉宿の中で、最も歴史の古い旅館です。冬期は休業していますが、かつてはその間に豪雪で宿が倒壊したこともあり、当旅館も再建のために何度か場所を移しています。現在の建物は白山スーパー林道(現・白山白川郷ホワイトロード)の開通に合わせて、前年の昭和51(1976)年に完成しました。大きな道路ができたことで、湯治以外にマイカー観光での来訪も増え、温泉のお客様が様変わりした記憶があります。

(左)当時のにしやま旅館の様子を伝える明治時代の宿帳。
(右)緑の渓谷沿いの斜面で利用客を迎えるにしやま旅館。


山ア 岩間温泉から一里野までお湯を引く事業に尽力したのが、私の祖父である信一です。温泉開発による一里野の振興を願って、私財をなげうって途中まで引湯管を敷設し、その場所に山崎旅館を開きました。祖父の死後、全国でも最長の長さ10qの引湯管がつながった一里野温泉で、私たち家族が開業したのが当ホテルです。現在は山崎旅館とともに私が代表を務めています。

(左)温泉地の開業以来、改装を重ねながら営業を続けてきた一里野高原ホテルろあん。
(右)一里野の高台にある開成社には、山ア信一さんを顕彰する碑が建てられています。


災害の苦難も乗り越える


― 白山から湧き出す温泉にはどういった性質がありますか。

西山 中宮温泉の源泉は湯量が毎分130ℓ、温度が65℃と、年間を通して安定しています。お湯には胃腸の傷を癒す効果があり、飲泉や温泉でつくったお粥なども提供しています。ただ、一里野温泉のお湯は泉質がそれとは異なっています。
山ア そうですね。こちらの場合は自噴の源泉とボーリングで掘った源泉のお湯をブレンドして引いていて、多いときには毎分550ℓで50℃以上のお湯を温泉地全体に供給します。飲泉は胃腸のはたらきを活性化するため、潰瘍などがある人にはかえって逆効果になります。調査によると、二つの温泉は最初は同じ流れとして地中から湧き上がりますが、地表近くを流れるうちに、含まれる成分に違いが生じてくるのだそうです。自然の神秘を感じます。

― 豪雪や災害など白山の自然の厳しさにはどう向き合っていますか。

山ア 一里野温泉は引湯管を通していた斜面の崩落によって、昨年12月から温泉を提供できない状態が続いています。中宮温泉でも土砂崩れによるホワイトロードの通行止めの影響で、昨年は旅館の営業自体をあきらめなければいけませんでしたね。
西山 あのときは大変でした。今年は新型コロナの感染対策をしながら、なんとか営業を再開しています。近年はこれまで起こらなかったような災害が続いて、地球規模の気候変動に合わせて、白山の自然環境にも変化が起きている印象があります。とはいえ、先人たちが白山の自然を活かすために、数々の苦難を乗り越えて開いてきた温泉ですから、私たちも対応策を探りながら、変化する環境とも共存していきたいと思っています。

にしやま旅館の五代目主人として、今も帳場に立つ西山さんと、母・久栄さんの著書を手に、一里野温泉の歴史を語る山アさん。


地域の宝を新たに育む


― 温泉や地域の発展に向けて、どのように活動されますか。

西山 当旅館と山崎旅館は全国の秘湯の宿が参加する「日本秘湯を守る会」の会員です。ほかの会員の方々も私たちの宿周辺の山深さを見て、「まさしく秘湯ですね」と感心されます。コロナ禍以前は温泉を使った釜揚げうどんをふるまう「初め湯まつり」などのイベントも催していたように、山の中の温泉ならではの資源を、地域の宝としてアピールする取り組みを続けていきます。
山ア 私も地域にあるものを活かしながら、かつての湯治のように、旅行客が長期滞在してくれる温泉地づくりができないかと考えています。昨年からは地元の休耕田をお借りして、自然栽培による稲作も始めました。環境にやさしい里山の暮らしを体験できる場として、白山麓の魅力を世界に発信できればと願っています。

(左)中宮温泉の露天風呂「薬師の湯」。
(中)山アさんたちが稲作に取り組む一里野の水田。水辺の生き物も元気に生息しています。
(右)「初め湯まつり」では、伝統の「へとつき音頭」も披露しています。

記・中道大介(高桑美術印刷)