
神道講話433号「山河といのち」
神道唱歌の「美はしき山河」を紹介いたします。
◆ はじめに
今年5月に白山手取川ジオパークが世界ジオパークに認定されました。
霊峰白山を境内地としてお預かりしている神社としてはこの上ない喜びであり、なお一層品位をけがす事なく後世に守り伝えていかなければならないと決意を新たにするものであります。
◆ 水
私たち人間を始めとして生きとし生ける物全て、動物も植物も命を支える大切なものが「水」であります。
ところが、水に恵まれた日本人は、水の有り難さに気づかず水を大事にすることを忘れています。洗面にしても、シャワーにしても、トイレにしても洗車にしても、水を出しっぱなしにしたり、水を不必要に使っていませんか。
私たちの親は、その昔、村の古老から上質な湧き水があった事を聞き、安らぎの中でその湧き水を使用しておりましたが、その水もいつしか枯れてしまったのことです。
その理由は上流の森が開発によって広大に伐採されていたことに起因していたことが、後で判かりました。
しかたがないので、当時の親たちは八キロ程離れた別の集落に頼み込んでポリタンクに何回も飲料水を運びました。
ところが、学校や仕事を終えて帰ってきた子供達は用便の後、この水を流し、体を洗い始めたのであります。近くに谷川の水や雨水、また池の水があるにもかかわらずです。
◆ むすび
日本の三霊山として富士山、立山、そして白山は、今世界各国から観光客が訪れてきています。
とりわけて富士山は、軽装(半袖、半ズボン、サンダル)で登山をし、救助を求める人が急増しています。
普通の観光地と同様に考え、どこにでもトイレやコンビニがあると想定し、宿泊の予約もなくどこでも野宿を行い、どこでもゴミを捨て、タバコの吸い殻、ビール、ペットボトル等の散乱に、受け入れ側も苦慮しています。
美しい山を保つ為、白山では約50年程前から護美箱(ごみばこ)を置かないで、エチケット袋を配布、ゴミの持ち帰り運動を展開し、今では他に類を見ない「ゴミの無い山」として、アルピニストの野口健氏も白山を称えております。
今ここでやらなければならない事は、皆にそのルールを教える事、そのルールを実行させる事が必要と考えます。
教えずして、叱ったり批判したりしてもケンカになるだけで、美しい山河は保たれません。
ここで小椋佳氏の「山河」という作詞を紹介します。(抜粋)
この世に偶然はありません。そこには全てに神様が宿っています。
きれいな山、きれいな森、きれいな田・畑、きれいな海、大自然に感謝し、そこに生きるきれいな心を養い、心豊かに助けあいながら恥じることのない毎日を過ごしましょう。