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シリーズ企画 自然と生きる⑭
「創業の志と信念を受け継ぎ、末長く続く事業を託す」
−芝寿し・梶谷晋弘(ゆきひろ)相談役を訪ねて−
当社とご縁のある中から、自然を敬い、慈しみながら、日々の生業を営む方々の姿をご紹介します。

芝寿し(金沢市いなほ)
昭和33(1958)年、東芝のショールームを経営していた梶谷忠司氏が電気炊飯器の実演で炊いたご飯を「押し寿し」として販売するため、「東芝」から社名を取って創業。鮭や鯛などの押し寿司を笹の葉で包んだ「笹寿し」をはじめ、数々のお寿司やお弁当を商品展開し、家庭のほか、冠婚葬祭や地域の催しなど、さまざまな場で郷土の味として親しまれています。
(写真)古民家を移築した金沢市いなほの店舗「芝寿しのさと」の前に立つ梶谷さん。
創業とともに続く月参り
「もしかすると、父は白山さんに創業のおうかがいを立てたかもしれません」と語るのは、創業者である父・忠司さんの跡を継ぎ、2代目社長として「芝寿し」を成長させた梶谷晋弘相談役です。梶谷家が70年近く続ける「おついたちまいり」を忠司さんが始めたのは、ちょうど芝寿しが創業した時期のこと。「父は『人が分からないことは神様に聞こう』という主義でしたから、お参りで会社設立を決意しても不思議じゃないですよ」と笑います。
梶谷さん自身は大学時代に忠司さんを車で送迎したことがきっかけで、月参りに参加するようになりました。崇敬者総代も引き継いだ現在では、毎月1日には白山比咩神社に参拝したあと、ほかの神社や恩人の墓所などもめぐって、祈りを捧げることが恒例となっています。「お参りのときには願い事はせず、無事に過ごせたことへの感謝だけをします」と決めているのは、人々の暮らしを守ってくれる神様への畏敬の念があるからだそうです。
おついたちまいりの接待菓子として奉納している看板商品の「笹寿し」も、参道で売られていた笹餅を見て忠司さんが発想したものでした。商品を通じて地域の食文化を発信する芝寿しの事業には、白山比咩神社の存在が深く関わってきたと言えるでしょう。
(左)芝寿しを代表する商品となった「笹寿し」。魚の切り身はあえて小さめにすることで、飽きずに食べられる味わいを目指しています。
(右)崇敬者総代として5月の御田植祭にも参加しています。
お客様にこたえる「商売」
梶谷さんは発売当時の「笹寿し」について、「最初はなかなか売れ行きが伸びませんでした。しかし、父の熱意に引っ張られて売上アップの努力を続けていたら、次第にお客様にも受け入れられていきました」と振り返ります。芝寿しでは自信の持てる商品を送り出した上で、さらに消費者の細かなニーズにこたえる取り組みにチャレンジしてきました。
例えば、予約注文を受けた弁当の当日キャンセルを可能にしたこともその一つです。当時の常識では難しいサービスでしたが、配達の時間帯や商品の種類を限定し、キャンセルで余る食品の引き取り先を確保するなどして実行に移したところ、雨天で中止になる運動会などのイベントでも、消費者が安心して予約してくれるようになりました。梶谷さんは芝寿しが成長できた理由を、「お客様が何を求めているかを考え、その望みにどうこたえるかを、常に問い続けてきたからではないでしょうか」と感じています。

(写真)お客様を幸せにする経営について、あふれる思いを語ってくれた梶谷さん。
加えて、梶谷さんは「芝寿しが目指したいのは、その土地を象徴する『ソウルフード』になることです」と言い切ります。地域の誰からも愛される食を提供するために、約20年前からは地元の農家と契約し、有機栽培のお米による健康に配慮した商品づくりにも取り組んでいます。「目先の利益を追うのではなく、関わるすべての人を物心両面で幸せにすることが、本当の『商売』だと信じています」との言葉には、創業者の情熱を受け継いで、自社を地域の人々から支持される存在へと育ててきた梶谷さんの信念がうかがえます。
(写真)芝寿しの商品には、地域の契約農家が有機栽培した専用米が使用されています。
企業と農家が手を結んで、健康な米づくりに取り組んでいます。
白山の水に託した未来
地域に根差した事業を目指してきた梶谷さんの思いは、社長時代に建設を決めた「いなほ工場」の立地にも表れています。決め手となったのは、地下を流れる白山の伏流水の存在でした。水質に優れた地下水が製造の全工程で使われ、芝寿しの商品の美味しさと食べる人の健康を支えています。梶谷さんは「豊富で良質な水だけでなく、きれいな空気や心を癒す緑にも恵まれています。何よりそれらが当たり前に存在する環境に感謝せずにいられません」と白山がもたらした自然の素晴らしさを誇ります。
現在は経営の一線からは離れ、企業の経営者を支援する勉強会や講演などに力を入れる梶谷さん。「お金儲けだけではビジネスは続かないことを、私の経験を通じて皆さんに伝えています」という活動を続けるのは、北陸や日本の経済の土台となる中小企業に元気になってほしいとの思いからです。
もちろん3代目社長である息子の真康さんに託した芝寿しの事業も温かく見守っています。「月参りと同じく、芝寿しもあと少しで創業から70年。私がいなくなったあとも、百年続いてくれるとうれしいですね」と願う梶谷さんの笑顔には、これからの時代を担っていく世代への信頼と愛情があふれていました。
(写真)平成27(2015)年に完成し、現在は芝寿しの本社も置かれているいなほ工場。隣接する「芝寿しのさと」では、かまどで炊いたご飯をいただける飲食コーナーも好評です。
記・中道大介(高桑美術印刷)
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